そこまで恐れおののくほどなのか
毎日、前日の感染者数をチェックすることが日課になっている人も多いことだろう、この新型コロナウィルス。皆さんはどのように感じているだろうか。
- 「怖い!外出なんてできるだけしたくない!」
- 「ただの風邪でしょ?恐るに足らない」
- 「まぁ手洗い・うがいしてマスクしていれば大丈夫でしょ?」
ワクチンはもう少し時間がかかりそうだし、いずれにしても「未知のもの」「得体の知れないもの」として不程度の差こそあれ、「不気味ななにか」と言うのは共通認識として持っているのではないだろうか。
念の為事実を追っていくと、
- PCR検査数を増やした
- PCR検査の陽性率は約6%程度
- 多くは無症状
- 陽性者の中には、自らの免疫力で退治したコロナウィルスが残ったケース有り
まぁおおむねこのようなことのようだ。要するに、「検査数増加→陽性者増加はある意味当然」なわけで、なぜにそこまで恐れ慄く必要があるのか、私には理解ができない。
こちらでも書いたが、やはりある種の思考停止に陥って、もしくは貶められることによって、ことの本質を見ることができなくなっているのではないだろうか。
コロナ禍の面会交流の実態
この過剰反応は、当然のように夫婦間の問題、とりわけ面会交流を望む別居親には暗い影を落としているようだ。
こちらの時事ドットコムニュース「家裁期日「半数で未定」 面会や離婚調停遅れの訴え―新型コロナ」のように、面会交流どころか裁判所すら機能していない状況なので致し方ない部分もあるのだが、これを悪用して「”コロナが怖いから”を理由に、同居親が別居親に子どもを合わせないケース」が多発しているとのこと。
かく言う私も、担当の弁護士から、
「私のクライアント(別居親)で、この後に及んで8月の面会交流の日程ですら会わせたくないからとコロナを理由に拒んでいる相手方がいる」
と言う話も聞いた。
もっともこの話は、どこかの投稿でも書いたかも知れないが、
「私(筆者)のケースは”かろうじて”会わせる努力を見せているからまだマシですよ」
と言う意味を込めたものだったように思う。私がひねくれているだけかも知れないが。
ちなみに私のケースはと言うと、
- 今週末に面会交流の時間・場所を調整していた
- 某商業施設で話を進めていたが、「コロナが怖いから」と言う理由で屋外にしようと相手方より言われる
- 雨であれば中止、雨が降っていなければどこか公園で、と提案される
- それを断り、8月の夏休み中にしようとこちらから提案 ←いまここ
という状況だ。
これもまた突っ込みどころが満載で、「私と会うことがコロナのリスクとなる」と言う理由なのであれば、百歩譲ってまだ分かる。まず他人との密着の可能性が低いただの商業施設でコロナのリスクを考えて、と言う理由のところで、自分がおかしなことを言っているとは思わないところが本当に不気味だと思う。
子どもたちの習い事が再開したということは前回聞いていたし、その習い事での他人との密着度を考えると、商業施設での他人との距離など問題にもならないはずだ。
このように、相手方および相手方代理人(弁護士)の思慮の無さに、最近は毎度憐れみの気持ちも芽生えているのだが、これが現実なのだから滅入ってしまう。
この辺り最近のやりとりの内容や、この「思慮の足りない様子」は後々書いていこうと思う。
とにかくこのように、コロナウィルス直接の影響のと言うよりは、まさにこのような全ての人間による過剰な反応が様々なところにマイナスに働いていることを、どなたも頭の片隅に置いて発言ないし行動して欲しいと思う今日この頃だ。