なぜ仕事が重要か
さて、前回の、
こちらからの続き。なぜに”仕事”が重要か。私が考える、「仕事をすることで得られるもの」としてはおおよそ下記のようなものがある。
- 共同体意識の醸成
- 人間形成
- ボキャブラリー
- 俯瞰力
- 物理力
- 要領
- プレゼン力
もちろんこれ以上にもあるにはあるのだが、思いつくもの、そしてそれが子育てなどにも密接に関わっているであろうものを取り上げてみた。
そもそも、統計学が嫌いな私が、あくまでも多数だからと「企業に属する」ということを重要視するかと言うと、まさに上に挙げたこれらが、「生きていく上で」非常に重要な能力や考え方だと強く思っているからだ。
1については、これは仕事の範疇にとどまらず、まさに国家の一員として生きていく上で極めて重要な思考で、今着実にこれが破壊されてきていると感じる。身近で耳にするものとしては、「夫婦別姓」「コロナ禍において職業での分断」「グローバリズム」などもまさにそうだろう。
「夫婦別姓」、これについては様々な意見があっていいと思うものの、
「夫婦別姓は少子化対策になる」
というトンデモ理論を振りかざしている人間も出てきているので、そう楽観視もできない状況だと思う。いわく、
「(姓が変わることで)家族の絆を絶やしたくない」
という意見が元になっているようだが、「少子化対策→婚姻率をあげる→選択的夫婦別姓制度を!」というのはあまりに無理がないだろうか。やはり子の手の人間の思考は子の程度なのかと勘ぐりたくもなってしまう。
結婚して子どもができ、子どもに夫婦どちらかの姓を「選ばせる」ことは家族の絆を破壊する行為ではないのか?私にはその理論は理解ができないが、結局のところ、「絆を破壊!」「離婚率!」と抽象的な表現でごまかし深く考えさせないようにするだけにしかみえない。実際、そういう目的で言っているのだろう。この連中の目的は、
- 国家感の破壊
- 日本の伝統の破壊
- 家族制度の破壊
- 日本文化の破壊
- 戸籍制度の破壊
このような「日本国」の共同体意識の破壊に他ならない。一応言っておくが、
悪政・失政によるデフレの長期化
が少子化の最大の原因だ。
「コロナ禍において職業の分断」というのは、
- 「こういった状況でつぶれるような企業はもともと時代についていけなかった」
- 「一番クラスターが発生しているのは○○の状況だから、○○業界が悪だ」
といった考え方だ。目にした人も多いことだろう。このような非常事態においてはまさに、この「共同体意識」というものの重要性がみえてくる。この国の非常事態にこそ相互扶助の精神が重要で、それは「共同体」という意識なしでは醸成し得ない。特定の企業などを槍玉にあげるような人たちは、自分たちも同じような状況に陥ることを想像できないのだろうか?
こちらの投稿にも書いたが、この「中小企業つぶし」というものまさしくその流れだ。
ここまでは大きな流れとして書いてきたが、社会の最小単位と言われる家族、学校そして組織、その「共同体」の意識が結局、生きていく上で非常に重要な意味を持つ。例えばあなたが会社に属していて、「この仕事を受注するとどうなるか?」と考えた場合、「あなたの利益(インセンティブ)」かも知れないが、順序としては、「会社の利益→あなたへの報酬」であろう。ではそれを買っていただいた相手はどうだろうか。何のためにあなたからそれを購入したのだろうか?「会社のため」もちろんそうではあるはずだが、それを導入したことで、その先にあるカスタマーや地域に役立つものかも知れないし、もしかすると「国が反映するから」という目的かも知れない。その全ての背景には「組織→共同体への潜在的な意識」があるはずだ。誰しも1人で生きている訳ではない。
よく「私は1人で生きている」という人がいるが、本当に1人で生きている人間など、いない。それこそ無人島にでも行って自給自足の生活していれば別かも知れないが、逆にそれ以外に「1人で生きていく」ことなどできない。結局のところ誰しも国家の一員でしか無く、その中で仕事をし、家族を養い、納税し、様々なサービスを享受している。それはまさしく、国家と言う共同体の中で、「あなた」という存在を認められているからに他ならない。